スイ’S LOG

主にセクシャルマイノリティ(アロマンティックやアセクシャル多め)について発信していきます。たまに関係のない思ったことも書きます。

文字が読めても文章は読めない?

 日本の識字率は99%。日本人全員と言っていいほどの人が文字を読み書きすることができる。それなのに文章が一切読めない人が一定数存在する

 

 Twitterをしている人であれば頻繁に見かけるはずだ。いわゆるクソリプなのだが、どこにも書かれていないことを突然引っ張ってきて文句を言い始める。その他にも「じゃあこれはどうなんですか」とかいきなり言い始めるやつなどなど。どういう思考回路を持っているのか分からなさすぎて、新種の生物を見ている気分になれる。

 

 文字の読み書きはできるはずなのになぜこういうことが起こるのか。それが俗に読解力とか言われるものの有無になってくるだろう。読解力とは、辞書的な意味を持ち出せば「文章を読み解く能力」である。この読み解くということが大切なのだ。別に文章の裏にある気持ちとか行間を読めなんて言わないし、言えない。

 ただ書いてあることはそのまま理解しようと言いたいのだ。明らかに崩壊した文章や難しい言葉ばかりをわざわざ使っているのなら話が違ってくるが、そんな文章は少ない。

 

 内容が正しいか正しくないかは置いておいて、Aと書いてあればAと理解すればいいのだ。そこがなぜかAと書いてあるのにXと理解する人がいる。もうこれは自然の摂理を解くより難しい問題だ。そうしてねじ曲がって読み解いた人ほどアホほど騒ぐ。まあ当たり前だ。真実の正解すらもその人たちは知ることが一生できないから。

 

 自分の読み解いた情報が本当に合っているのかどうかは判別が付きにくい。けれど、現代にはたくさんの人が情報を発信しているSNSや情報の蓄積物であるインターネットがある。不安になったら調べればいい。自分のすべてを信じて疑わぬ者にこそ”ググれカス”という言葉を差し上げよう。

 

 ちょっと目にして気になったものを調べるだけでいいから調べる習慣をつければいい。自分が気になったものならば雑に調べることはなく、丁寧とは言わなくてもそれなりに文章を読む。文章を読めば書いてあることを理解しようとする。そして、気になったものへの知識が溜まると同時に、たくさんの記事を読めば読むほどに理解のポイントを自然と理解する。そうなれば、AがXになることは減っていくだろう。

 

 書いてあることをそのまま理解できるということは何をするにおいても役に立つ。というか、そのまま理解できなければ困ることしかない。話が通じないから人は離れるし、不要な波風を立てる。炎上の原因を作る人たちこそ書いてあることをそのまま理解する力を身に着けてもらい、インターネット時代だからこそみんなで平和なネットライフを過ごそう。